房総の祭事記 〜千葉の郷土芸能と民俗行事〜 モドル ホーム

須原の羯鼓舞'12

正一位稲荷神社に伝承。口伝では江戸中期に始まり、文化・文政・天保の鰯豊漁期に発展した。子文書に「文久二年(一八六二)八月二九日悪疫払いのため、片貝第六天に羯鼓舞が奉納された。」とある。明治に入ると「羯鼓三〇番」といわれるほど多彩となった。「平羯鼓・芸羯鼓・同段物」と分け、「四方かがり・弓・綱・剣・山くずし」などが著名である。囃子も「中山・立玉・鎌倉・野呂・下道・雀小舞・狐囃子」と獅子舞にない囃子を伝承。羯鼓獅子舞、又は羯鼓舞とよんでいます。羯鼓というのは雅楽(がらく)の左方楽に用いる皮を張った打楽器で、中空の円筒に馬の革を調べひもで締めたものを台に据え普通両手で両革面を打ちます。風流系といわれるのは獅子連の衣裳があでやかで華やかに装っての群舞することからつけられました。昔は、村に疫病が発生すると疫病が村に居座っていてその業をするという信仰から、色々の幣帛(へいはく)を立てて、これを疫神を勧請して祭りを行い神送りするのに羯鼓舞がそれにあたったのです。普通3人一組で中央に雌獅子を挟み両端に雄獅子(中央子、両端親も)が腹に羯鼓をつけ背に幣帛をさして舞います。羯鼓をつけない処では「ひざ」をたたいて舞います。

須原の羯鼓舞

自宅を七時二〇分頃に出発し、一般道で一路九十九里町へ、現地に着いたのが九時四〇分頃でした。海岸にある町営の駐車場に五〇〇円で駐車し、お囃子を頼りに三匹獅子が舞われている場所にたどり着いた。三匹獅子を二時間余り撮影し、獅子舞の一行が十一時四〇分頃に公民館の近くまで戻って来たので、昼飯休憩をしました。休憩後、午後一時頃に再び三匹獅子の撮影を再開した。日曜日の本祭では、三匹獅子は午前七時から公民館から区内廻りを始め、十四時まで舞手を交代しながら須原の家々を廻る。十四時二〇分に神職により、神輿に祝詞を捧げ、三匹獅子の一行と共に御浜降りを行う。曇り空で寒い海風が吹き、凍える中で神輿衆は海へ入って行った…
※撮影した写真が思わしくなかったので、大胆にトリミングしている写真が多いです。

奉納日:3月上旬の土日 / 土曜日:宵宮 18:00〜宴会・神社で奉納舞・公民館まで神輿渡御 / 日曜日:本祭 7:00〜三匹村廻り 14:20〜御浜降り
伝承地:千葉県山武郡九十九里町片貝6704 稲荷神社